2009年5月16日土曜日

新羅の玉帯

新羅時代の玉帯
何気なく『林下筆記』を繙いていたところ、新羅真平王に関する記事が目に飛び込んできた。真実かどうかは別な感興としても、少し考証に取りかかってみることにしたい。まずは、記事を紹介しよう。
 「高麗金■■檀の品帯:麗太祖二十年金溥玉帯を献ず。大きさ十■六十二■、即ち真平王の所謂聖帯の玉帯也。世、国の■宝と為る四百年に垂々たり。之を献ずる。福州は今の安東の地、恭■王紅頭の乱を此に避くる。以前御■支金帯之を大師廟に蔵す。郷吏の戸長と為る者之を帯ぶる。此、古帯の由る所也。金■■檀帯雲龍の象を刻む。極めて精巧、■の背に款有り。曰く「王氏元年秋七月宮人尹英化」の十二字。此の帯、大内より錦城尉朴明源に賜る。和平翁主に尚する者也」

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